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2016年8月28日日曜日

バリマラソン2016参加レポ☆人生のどん底からの脱却 Keep my head up! - Eimy編

1年前の今日。私は人生のどん底にいました。
悔やんでも悔やみきれない気持ちと、
迷惑をかけてしまったすべての方へのお詫びの気持ち。
あんなことをしてしまった自分を信じられなくて、
生きている価値があるんだろうか!?と悩んだ日々。
そんないろんな思いが頭の中で交錯する中での、
2016年バリマラソン参加です。


■実はもしかしたら死んでいたかもしれませんでした
今まで1年間、ごくわずかな人にしか話せず、ブログにはずっと書かず(書けず)にいましたがいきなり告白します。
実は去年のバリマラソンですが、成田空港へ向かう道中、空港まであと少し、という場所で私の運転不注意で交通事故を起こしてしまいました。
正面衝突。
「やっちゃった…」「死ぬのかな」
事故の瞬間、0.03秒でエアバッグが膨らむと聞きましたが、その短い時間にまさに<走馬燈のように>いろんな思いや言葉が頭に浮かぶんですね。
その中に「楽しみにしていたマラソン出場はこれで一巻の終わり」という言葉がありました。
直後、エアバッグがパンッと膨らんだ瞬間を覚えています。
今まで嗅いだことのないむせかえるような異臭のなかで我に返って隣を見ると、ヒロさんが動いています。
私も生きている。
無我夢中で110番。
私の運転不注意で交通事故を起こしてしまいました
レッカー業者さんは車を一目見て「2台とも廃車ですね」と言い切りました。
警察の方が「ドライブレコーダーを見ると相手の後ろはダンプカーでしたが、もし相手がそのダンプだったらあなた方は今この世に存在していたかどうか…」と言われました。
そんな大事故にもかかわらず、幸いにも双方は打撲程度の怪我で誰一人救急車で病院に運ばれることもありませんでした。

一番ひどかったのはきっと助手席で寝ていて事故の瞬間に何の防御もできなかったヒロさんだったのですが「大丈夫だから」と救急車乗車を拒否していました。
諦めてないのかな!?と…それもそのはず、彼は『人生初マラソンが誕生日』という奇跡的な日をとても楽しみにして月に300㎞以上も走りこんでいたからです。
申し訳なさと悔しさと色んな感情の整理がつかなくて涙が止まりませんでした。

…が、警察の方とレッカー業者の事故処理がおもったよりかなり早く終わり、事故の相手を見送くると、警察の方が「わざわざ山形から来てるんだから、旅行に間に合えば出発して大丈夫です」と。
この時点で飛行機の離陸1時間前。
ダメ元で空港のカウンターに電話すると「ウェブチェックイン済なら40分前まで来ていただけるなら間に合うかも」というので、現場にタクシーを呼んで成田空港へ向かいました。

成田空港へ着いたのは飛行機が飛ぶ30分前。
すでにカウンターはクローズされていて「やっぱダメだったか」と一旦諦めまかけましたが、係員さんが1人いて「もしかして電話の方?」と。
出国審査も何もかもその係員さんと一緒に裏口通過でギリギリでフライトに間に合った、という状況でした。

私もヒロさんも肩や腕に複数の打撲があって実は痛み止めを飲んでの出場でしたし、事故の相手が悪くなってないかな!?ということや、帰ってからの事故にかかわる色んな事、新しく車を買わないといけないこととか、もう色んなことを考えながら、メチャメチャでした。
そんな経緯で走った2015年8月30日、人生初のマラソン42.195㎞は5時間28分34秒で完走できました。
2015 人生初のマラソン42.195㎞



■年末まで厄のような出来事が続き参っていました...
事故の処理は任意保険屋さん同士の交渉になり、免停期間も終わり(とはいえトラウマになっていていまだに怖くて運転できませんが)、罰金も払い公的な手続きはとっくに済んではいたのですが、12月には息子を授からなかったときから13年娘同然に可愛がってきた愛犬が急逝したり、事故のフラッシュバックが襲ってきて目が覚めたり、その他もろもろ...年を越してもメンタルはあまり良くなかったです。


■5月~7月には左足の故障
2016年4月、今年もバリマラソンのエントリー受付が始まりました。
お店は2人でやっているので忙しくて、必死に毎日を過ごしていました。
定休日はあっても休みはほとんどないし心に余裕はあまりなかったけど、4年生になって大きくなってきて、毎日元気に登校する息子を見ていると『生きていて良かった』と思うようになり、やっといろんなことに向き合うことができるようになりました。
こんなことを知る由もないお客様にも「今年も走るの?」とたくさん尋ねられていて、
出した答えは、
Keep my head up! また大好きなバリを走ろう!
とキモチを前向きに切り替えてエントリーすることにしました。

けれど、そんな中今度はフィジカルな部分に故障が発生しました。
まずエントリー直後の5月、膝に違和感を感じて整形外科に行ったら「半月板がすり減っている」のだそうです。
これは年齢的なものと練習のせいでしょう。
良い治療法は無いので温存するしかないようです。

更に7月には内ももに原因不明の痛みが出てきて歩くことすら困難になった日もありました。
接骨院に通い電気をあてたりマッサージをしてもらいながら、様子を見て練習をしていましたが、まったく走りこめませんでした。
渡航直前まで閉店後の仕事帰りに通院していました。
それでもまだ完治していなくて不安を抱えての出場になりました。




∴‥∵‥∴‥‥∵‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥‥∵‥∴‥∵‥


■気持ちを切り替えて2016年バリマラソン・フルに再挑戦
毎日健康でいられることのすばらしさと感謝の気持ちしかありません。
ではレースに行ってきます!
気持ちを切り替えて2016年バリマラソン・フルに再挑戦
(ヒロさんの腕のタトゥーはレースパック会場で描いてもらったフェイク(インスタント絵)です ^^;)





■17㎞まではヒロアサクラさんとゆっくり
うち腿の不安のこともあってスタートから前半17㎞ポストまでは時速±7.5㎞のゆっくりペースで完走狙い(42.195㎞を5時間半前後を想定)で楽しんで走っていました。
バリマラソン2016参加レポ☆Push My Limit - Eimy編

バリマラソン2016参加レポ☆Push My Limit - Eimy編

バリマラソン2016参加レポ☆Push My Limit - Eimy編

バリマラソン2016参加レポ☆Push My Limit - Eimy編
こんな感じで17㎞ポストまでゆっくりのんびりと2人並んで走っていました。

「あのさ...、せっかく毎月300㎞位走りこんで来たのだから今回は5時間を切りたい、出来れば4時間半を。やるならココで決断しないと」というヒロさんに、
「もちろん。ゴール後に笑顔で会いましょう!」
と言って見送り(→彼のレポート)、
足もそれほど痛くなかったのですが『走れなくなったら…歩けなくなったらどうしよう!?』という不安は心の片隅にありました。
でも私も『サブ5!(5時間を切りたい)』と自分なりにスピードアップすることにしました。
私なりのチャレンジです。


■魔の坂が続く25㎞前後
このコースには3箇所ほどスキー場のゲレンデのような急な坂があります。
私は坂が苦手なのでかなり苦痛です。
まわりのランナーはほとんど歩いています。
『でも絶対に歩かない!』
これは練習の時からいつもそう思っています。
簡単に歩いてしまったら、本当に辛いときに乗り越えられないと思うから。
そう心に決めて踏ん張りました。

急坂を超えてもずっと棚田で傾斜の道が続き、コースは高くなってきた太陽の方へ。
物凄い暑さと坂道。
エイドが待ち遠しいです。
エイドではポカリを一気飲みして、水を顔首頭に掛け、ウェアは汗と水でもうグショグショでした。



■30㎞超えからは意外にスピードアップ出来た
時間とともに暑さがパワーを増して、ジリジリと肌を刺してくる感がハンパでない感じです。
乾季とは思えないほど湿度も高く、風もなくて体感はまるでサウナです。
よくニュースで「熊谷でうだるような猛暑日」とかTVニュースでやってますが多分そんな感じです。
ヒロアサクラさんは路面温度は50℃位かなといっていましたが60℃はあるとおもいます。
(レース後には足裏2か所に水ぶくれができていました)

そんなコンディションですが、エイド時に飲んだアミノ酸粉末と固形のチョコバーが効いてきたのか身体が動きます。
自分でも不思議なくらいパワーがみなぎってきました。
前半より時速があがります。
『このペースで走れていれば大丈夫!』
太陽がまぶしいけれど、
Keep my head up!
上を向いて。
そう励ましながら気力でギャニアールの坂を駆けあがります。



■ゴール!
雲ひとつない熱帯の青空からの強い日差しと気温上昇は、正直かなりキツかったのですが『FINISH STRONG!(ラストスパート)』と思いながら一回も歩かずゴールしました。
目標の<5時間>は残念ながら切れませんでしたが、去年より約10分早い
5時間16分12秒
でゴールすることができました。
バリマラソン2016参加レポ☆Push My Limit - Eimy編

バリマラソン2016参加レポ☆Push My Limit - Eimy編



■吹っ切れた?!
除夜の鐘が108ならフルマラソンは約40000歩。
Keep my head up、上を向いて一歩ずつ。
禊のように。何か悪いものをそぎ落とすような感じで走り切りました。

小4(当時小3)の息子と生きて会えて良かったし、
ごく当たり前のように一緒に朝晩テーブルを囲んで食事し、今日の出来事を会話し、時には喧嘩したりすること...
お店も何事もなかったように毎日営業できている...しかも開店からなんと15年目に突入しています。
今、こうやって生きていられることがキセキです。
フィニッシュラインを超えた瞬間、そう思うと涙があふれてきました。
FIND MYSELF, 殻を作らず大胆に挑戦してみよう!
なりたい自分になる。PUSH MY LIMIT,やればできる
大会のキャッチコピーと私のキモチがひとつになりました。


来年ももしチャレンジできるなら、次はメンタル・フィジカル共に整えて、
目標の『サブ5』を達成したいな、
と思います。
応援してくれたお客様、家族、かかわってくれたすべての方へ心より、
ありがとうございました<(_ _)>








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